洪武十五年、八歳の嫡流の皇太孫・朱雄英が薨去し埋葬されたが、遺体が不可解にも消失し、洪武帝は怒りのあまり千人以上もの責任者を斬首した。時は洪武二十四年、明朝にタイムスリップして九年になる朱懐は、秦淮河のほとりの小さな家で一人の老人と昔話をしていた。彼は自分が八歳の時に棺から這い出し、御林軍に包囲されたことがあると語る。それを聞いた老人は目を赤くし、手を震わせ、興奮して彼を孫と呼び、皇帝になりたいかと尋ねる。自らを朱元璋だと明かし、朱懐こそが自分の嫡流の長孫だと言うが、朱懐は老人が酔っ払っているだけだと思うのだった。